蝶の研究で世界的に著名な五十嵐邁先生(2008年 逝去)の遺作となった「続アジア産蝶類生活史図鑑」の印刷を協友印刷に依頼した経緯について、共著者の原田基弘様(写真左)と、五十嵐先生の奥様である昌子(よしこ)様に詳しくお聞きしました。
(故・五十嵐邁先生について)
五十嵐邁(いがらし すぐる)先生は、日本蝶類学会の初代会長も務めた、日本の蝶研究の中心人物の1人です。
五十嵐先生の最も有名な発見は、ヒマラヤの奇怪な珍蝶、『テングアゲハ』を25年の歳月を費やしてその生活史を解明したことです。
五十嵐先生は、実は学者出身ではなく、大学卒業後は大成建設に就職し、その後インド、ネパール、ブータン、フィリピン、インドネシア、ラオス、イラクなど海外を歴訪しながら、テ ングアゲハをはじめとする蝶類の研究を続けました。大成建設では取締役を、信越半導体では代表取締役社長を務めるなど企業人としても成功。そして1983年には京都大学で理学博士の学位を 習得しました。またエッセイ「アゲハ蝶の白地図」、小説「クルドの花」、「美保関のかなたへ」を著すなど作家としても活躍しました。
2008年に83歳で逝去。今回の「続アジア産蝶類生活史図鑑」は、お弟子さんの原田基弘様、奥様の昌子様が、遺作としてまとめ上げたものです。
原田基弘様は、その存在すら疑問視されていた幻の蝶、ブータンシボリアゲハの生活史を2011年、2012年の夏にかけて明らかにしました。
ブータンシボリアゲハの調査には奥様の昌子様とともにNHKの取材班も同行、その模様はNHKスペシャル「秘境ブータン 幻のチョウ」で放映されました。また朝日新聞の一面でも報道されました。
(原田基弘様について)
「昆虫少年だった10歳のころ、真夏の神社の境内で、白い網を持って蝶を追いかけていたとき、同じように網を持って境内を走り回っている不思議な大人に出会いました。それが20代の五十嵐先生だったのです。おそるおそる声を掛けてみたところ、2人とも蝶好きですっかり意気投合しました。
以来、国内で海外で、ずっと五十嵐先生といっしょに蝶を追いかけてきました。かつての昆虫少年も年を経て、今や73歳の昆虫老年となりましたが、蝶を追いかけているときのワクワクする気持ちは10歳の頃とまったく変わりません(原田様 談)」。
原田様はグラフィックデザイナーとしても活躍。大手乳業会社などの商品パッケージのデザインを手がけました。
「続アジア産蝶類生活史図鑑」の印刷を依頼
- 今回、協友印刷にどんな仕事を依頼したのでしょうか。
原田様):協友印刷には、五十嵐先生との共著となった「続アジア産蝶類生活史図鑑」の印刷をお願いしました。概要は次のとおりです。
項目 | 内容 | 備考 | |
---|---|---|---|
判型、ページ数 | A4版、 全364ページ |
カラー184頁+モノクロ180頁 | |
製本形式 | 上製本 | クロス+ツヤ消し金箔 +カバーPP加工 |
|
組版 (※) |
原型は原田様が自分で制作。そのデータを協友印刷がインデザインにて新規組み直し。修正、調整。 | ※1 組版とは印刷の元になるデータを作る作業のこと。 |
図鑑内のカラーページは次のように作りました。
図鑑内のカラーページは次のように作りました。
協友印刷に依頼した経緯
- 協友印刷に今回の図鑑の印刷を依頼することに決めた経緯を教えてください。
今回の図鑑は、『アジア産蝶類生活史図鑑1、2(東海大学出版会 刊)』に続く三冊目の図鑑です。今回は自費出版だったので印刷所は自分で探すことになりました。協友印刷には、以前から日本蝶類学会の学会誌の印刷をお願いしており、腕も確かなので、今回の図鑑もお願いした次第です。
蝶の図鑑なので美しい発色を!
- 今回の印刷で、協友印刷にどんなことを期待しましたか。
蝶の図鑑ですし、ぜひ写真を美しく発色させてほしいと思いました。
今回の図鑑は、本文では英語も併記しており、日本だけでなく世界中の研究者に見せるものです。また、五十嵐先生がこれまで著した図鑑は大英博物館にも収蔵されているほど研究価値が高いものでした。今回の図鑑も世界の誰に見せても恥ずかしくない出来栄えにする必要がありました。
そして五十嵐先生は、大学は建築学科でしたが卒論のテーマは色彩論であり、またたいへんに絵心のある方で、ご自分で書かれた幼虫や蝶の絵などたいへん迫真的な出来栄えです。
五十嵐先生がもしご存命で、この図鑑を見たとして、必ずご満足いただける美しい出来栄えにしたいと思いました。
五十嵐先生が生活史を明らかにした珍蝶
テングアゲハの♀
特に赤と緑を美しく、上品に!
- 具体的には、どんな色にどんな風に発色してほしいと思ったのでしょうか。
まず赤。特に表紙のブータンシボリアゲハの尾羽根の赤い部分。この赤が「ヒマラヤの貴婦人」とも言われるこの蝶の特長ですから。そして木々や幼虫の緑。この緑は透明感、生命感のある色であってほしいと思いました。
図鑑の写真をキレイに発色するには
- 協友印刷に質問です。赤や緑の発色を良くするにはどうすれば良いのですか。
図鑑の写真の場合、通常の商業印刷とは別のノウハウが必要になります。原田様からは「透明感のある色を」とのご希望がありましたが、図鑑のノウハウを持たない印刷技術者が対応すると、透明感はあっても何となく人口的な、いかにもPhotoShopで色を補正したような仕上がりになってしまいます。
図鑑の写真、生物の写真に求められる色合いは、結局のところ「自然な色合い」という言葉でしか表現できません。しかし自然な色にしたいのなら、何にも手を加えずただ印刷すればいいのかというとそうではありません。
自然な色を出すためには、人間の目の色補正のクセ、紙のクセ、インクのクセ、印刷機械のクセを正確に認識した上で、非常に人工的な、事前の色設定が必要になります。
自然の仕上がりを実現するには、入念かつ人為的な下準備が欠かせないともいえます。
今回、協友印刷には最初の期待どおり、とても美しく上品な仕上がりの印刷をしていただけました。とても良い図鑑が作れました。協友印刷に頼んで良かったです。これからもよろしくお願いします。
※取材日時 2015年4月
※取材制作カスタマワイズ